札幌の基点


札幌市の中心部は、ほぼ碁盤の目になっています。

札幌の基点
札幌の基点

南北の境目:大通(おおどおり)

中央には、大通(おおどおり)という道路が東西に走っており、この通りを起点に北側は北1条通、北2条通、と北側へ行くごとに条の前の数字が増えていき、北51時条まであります(JR学園都市線太平駅の南側)。南側も同じく、南1条通、南2条通と続いていき、南39条まであります(自衛隊真駒内駐屯地の西側にアップル札幌藻岩店があり、そこの住所が南39条です)。

東西の境目:創成川(そうせいがわ)

一方、東西を分けているのは、南北に流れる創成川です。川沿いの創成川通りより東は、東1丁目、東2丁目、となり東30丁目まであります(丘珠公園が北37条東30丁目)。、西側も西1丁目、西2丁目、と丁目の前の数字が増えていき、西31丁目まであります(円山公園のあたり。住所は30丁目までになります)。

碁盤の目の中心:創成交流拠点、札幌創成1.1.1区

大通りと創成川通りが交差しているど真ん中はどこかというと、地理的には北海道電力(大通東1丁目)とさっぽろテレビ塔(大通西1丁目)の間になります。この辺りは、創成交流拠点と呼ばれており、札幌市はこの区域の再開発事業を計画していますが、事業対象区域の名称は公募により「創成1.1.1区」と名付けられました。読み方は「そうせいさんく」で、1.1.1区は、大通西1丁目、大通東1丁目、北1条西1丁目の3つの「1丁目」のことだそうです。

札幌市の基点

「創成1.1.1区」から創成川沿いに少しだけ南に行くと、「札幌建設の地」という碑があります。歴史的にはここが札幌の基点です。この碑によれば、開拓判官の岩村通俊(後の初代北海道庁長官)が明治4年、この地点を中心に札幌の町割りを行い、民家を建てることを許したそうです。まさに、札幌の住所の基点であり、今でもその割り振りが使われているというのは感慨深いものがありますね。

札幌建設の地
札幌建設の地

北海道開拓の起点:北海道里程元標

「札幌建設の地」碑の隣には、北海道里程元標の石碑が建てられています。

北海道里程元標
北海道里程元標

もともとの里程元標は、明治6年の太政官布告により北海道の道路の起点であることを示すために設置されました。これは、高さ3m以上もある木製のもので、大きな目印としての役割を果たしていたようですが、大正8年の道路法改正で、道路の起点を表すものは「道路元標」となり、北3条西6丁目の北海道庁前に建てられ、木製のものは行方不明となったそうです。現在の石碑は平成23年に復元されたとのことです。

札幌市道路元標
札幌市道路元標

札幌開拓の先駆者:大友亀太郎像

札幌建設の地の碑の向こう岸、南1条西1丁目には、札幌開拓の先駆者である大友亀太郎の像が建てられています。傍らの碑によりますと、二宮尊徳の門下生であった大友亀太郎は1858年に北海道に渡り、1866年には箱館奉行に蝦夷地開墾の計画書を提出、石狩地方開拓の名を受け、札幌市で開墾をはじめたそうです。亀太郎は「大友堀」を堀り、それが創成川の基となりました。

大友亀太郎の開墾から160年ほど経った現在、大友像が建っている位置からはさっぽろテレビ塔が聳え立つのがよく見えます。この平和な風景がいつまでも続きますように。

大友亀太郎像
大友亀太郎像

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